お通夜は「(随時)」だった。
朝刊で知ったのは、向かいの家のじい様が昨日亡くなり、今日がお通夜だということ。
通夜は会場と1時間の時間帯が示され「(随時)」となっていました。
三々五々訪れて焼香していくというスタイル。その「お悔み」欄をよく見ると同様の記載が大部分でした。
今の社会状況に合ったやり方だと思うし、今後定着するのかもしれません。
いま住んでいる借家へ越してきて8年。じい様とは休みの日に顔を合わせれば、よく立ち話(無駄話)をしました。
90歳近かったので、十分に生きたのだろうと思っています。
午前は今日もタケノコ採り。
「太いのを採りたければ太いササの根元を探せ」という当たり前のことを体感できた日でした。
でももう、この「近所の森」は伸びすぎたのが多くなりシーズン終盤のよう。
毎日でも行ければよいのだけれど、勤め人の身ではちょっと無理。
早く自由の身になって、身体が動くうちに好きなことへ思い切り取り組みたいな。
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